SS・お話
春の雪
春の雪
はらりはらり。
はらりはらり。
雪が降る。
風に舞いながら、脆く冷たく、白いものは降ってくる。あとからあとから。とめどなく。
またこの景色か、と飛影は思う。
もう何度もここには来ている。
ここには何もない。
ただどこまでも白い雪原。
降る雪の他は何もない世界。
向こうから名前を呼ぶ声がする。
懐かしいような温かいような。
姿の見えない声に触れたくて手を伸ばす。
雪の華は飛影の手に触れるとふわりと溶けて消えた。
「…飛影、」
はっと目覚めた目の前に突如現れた鮮やかな翡翠色に、飛影は目をぱちくりとさせた。胸がトクトクと脈打っている。やっと起きた、と小さく零して翡翠色が安心したように細められる。
「なんだ貴様か。」
動揺を悟られまいと嘯く飛影の様子に、幼い子供に接するように微笑んで、蔵馬は飛影の座る太い枝に自分も腰掛けた。
「随分とよく寝てたね。オレがキスしたのに気が付かないなんて。」
「なんだと?」
「冗談ですよ。してませんって。」
いたずらっ子のように笑って蔵馬は上を向いた。見上げた先から、はらはらと白い花びらが舞い落ちてくる。
住宅街から少し離れた里山の上。誰も訪れることのない古ぼけた稲荷社の隣。社の屋根に被さるように伸びた桜の老木の枝に二人はいた。
「いい昼寝場所だね。」
上を向いたまま蔵馬は気持ちよさそうに目を細める。それにつられて飛影も顔を上げた。白い雪のように花びらがとめどなく降ってくる。
「せっかくだからオレもここで昼寝しようかな。」
「おい!何して…」
飛影が拒否する暇も与えず、蔵馬は枝の上で器用に体勢を変えると、飛影の太ももを枕にして横になってしまった。
「んー飛影越しの桜!絶景だね。」
邪魔だ、降りろ、と言う飛影の言葉を無視して、蔵馬は飛影の膝の上で仰向けでひっくり返り、我が物顔で笑う。
下を向くと自分を見つめている蔵馬と目が合うので、仕方なく顔を逸らした飛影の顔に温かなものが触れた。見れば蔵馬が自分の頬へと手を伸ばしていた。
「飛影ってさ。綺麗だよね。」
「からかうのもいい加減にしろ。」
貴様こそ女みたいな顔をしているくせに何を言うか。
嫌味のひとつも言ってやろうと思った飛影だったが、予想に反して穏やかな蔵馬の目が自分に向けられているのに気付いて、口をつぐんだ。
「飛影は綺麗だよ。強くて、真っ直ぐで、純粋で、優しくて…。綺麗すぎて、たまに触れるのが怖くなる。」
蔵馬の長い指が慈しむように飛影の頬を撫でる。長い睫毛の下の大きな翡翠の瞳の中で、白い花弁が舞う。飛影はその光景に暫し見蕩れた。
「でもね、それでもオレは貴方に触れたい。」
飛影の視線を受け止めるように、翡翠の瞳が細められて端麗な顔が屈託なく綻ぶ。その幸せに溢れた笑みに胸の奥が締めつけられたように痛んで、飛影は眉をしかめた。
「…くだらんことを言ってると、ここから落すぞ!」
「わっ、ちょっ…待った待った!」
振り落とされまいと飛影の足にしがみつき、蔵馬はわざとらしく慌ててみせる。飛影はそんな蔵馬から顔を逸らすように頭上の桜を見上げた。
「綺麗だね。」
飛影につられて、再び飛影の膝の上で仰向けに桜を見上げた蔵馬が、今日何度目かの台詞を呟く。それは飛影に対してなのか桜に対してなのか分からなかった。枝を渡る風が降ってくる花びらを巻き上げながら、二人の間を通り抜けていく。心地よさそうに目を閉じた蔵馬の長い髪が風をはらんでなびく。
自分こそ文字通り笑えば花が綻ぶような顔をしているくせに、と飛影は思う。眩しくて、綺麗すぎて、一生触れることなどないと思っていた。
飛影は、自分の膝の上でうねる赤みを帯びた髪に、ためらいがちに手を伸ばした。その手にひとひらの白い花びらが舞い落ちた。
白い風景が脳裏に蘇る。ハッとして、飛影は自分の手を見つめた。
触れても消えることのない春の雪。掌の中の、ほんのりと赤みを帯びた小さなひとひらが、とても大切なもののように思われて、飛影はそれをゆっくりと握りしめた。
「飛影」
自分を呼ぶ声に我にかえると、再び翡翠の瞳が飛影を見上げていた。
「どうしたの?またぼんやりして。」
少し首をかしげて、蔵馬は飛影の目を覗きこむ。まるでその奥にある心の中まで見透かそうとするかのように。
まったくコイツは、遠慮の欠片もない。いつも断りもなく人の心を読みやがって…あまつさえズカズカと踏み込んでくる。
それでも…
一瞬、あの白い世界で聞こえた声が、コイツであったらいいと、思ってしまった自分が可笑しくて飛影はふっと吹き出した。
「何がおかしいんです?」
「フン。…くだらんことだ。」
飛影は桜を見上げて、春風に身を任せるように目を閉じた。
はらりはらり。
春の雪が降る。
風に舞いながら、儚く優しく、白い花は降ってくる。あとからあとから。とめどなく。
二人の上に積もっていく。
はらりはらり。
はらりはらり。
Fin.
2016/4/9UP
はらりはらり。
はらりはらり。
雪が降る。
風に舞いながら、脆く冷たく、白いものは降ってくる。あとからあとから。とめどなく。
またこの景色か、と飛影は思う。
もう何度もここには来ている。
ここには何もない。
ただどこまでも白い雪原。
降る雪の他は何もない世界。
向こうから名前を呼ぶ声がする。
懐かしいような温かいような。
姿の見えない声に触れたくて手を伸ばす。
雪の華は飛影の手に触れるとふわりと溶けて消えた。
「…飛影、」
はっと目覚めた目の前に突如現れた鮮やかな翡翠色に、飛影は目をぱちくりとさせた。胸がトクトクと脈打っている。やっと起きた、と小さく零して翡翠色が安心したように細められる。
「なんだ貴様か。」
動揺を悟られまいと嘯く飛影の様子に、幼い子供に接するように微笑んで、蔵馬は飛影の座る太い枝に自分も腰掛けた。
「随分とよく寝てたね。オレがキスしたのに気が付かないなんて。」
「なんだと?」
「冗談ですよ。してませんって。」
いたずらっ子のように笑って蔵馬は上を向いた。見上げた先から、はらはらと白い花びらが舞い落ちてくる。
住宅街から少し離れた里山の上。誰も訪れることのない古ぼけた稲荷社の隣。社の屋根に被さるように伸びた桜の老木の枝に二人はいた。
「いい昼寝場所だね。」
上を向いたまま蔵馬は気持ちよさそうに目を細める。それにつられて飛影も顔を上げた。白い雪のように花びらがとめどなく降ってくる。
「せっかくだからオレもここで昼寝しようかな。」
「おい!何して…」
飛影が拒否する暇も与えず、蔵馬は枝の上で器用に体勢を変えると、飛影の太ももを枕にして横になってしまった。
「んー飛影越しの桜!絶景だね。」
邪魔だ、降りろ、と言う飛影の言葉を無視して、蔵馬は飛影の膝の上で仰向けでひっくり返り、我が物顔で笑う。
下を向くと自分を見つめている蔵馬と目が合うので、仕方なく顔を逸らした飛影の顔に温かなものが触れた。見れば蔵馬が自分の頬へと手を伸ばしていた。
「飛影ってさ。綺麗だよね。」
「からかうのもいい加減にしろ。」
貴様こそ女みたいな顔をしているくせに何を言うか。
嫌味のひとつも言ってやろうと思った飛影だったが、予想に反して穏やかな蔵馬の目が自分に向けられているのに気付いて、口をつぐんだ。
「飛影は綺麗だよ。強くて、真っ直ぐで、純粋で、優しくて…。綺麗すぎて、たまに触れるのが怖くなる。」
蔵馬の長い指が慈しむように飛影の頬を撫でる。長い睫毛の下の大きな翡翠の瞳の中で、白い花弁が舞う。飛影はその光景に暫し見蕩れた。
「でもね、それでもオレは貴方に触れたい。」
飛影の視線を受け止めるように、翡翠の瞳が細められて端麗な顔が屈託なく綻ぶ。その幸せに溢れた笑みに胸の奥が締めつけられたように痛んで、飛影は眉をしかめた。
「…くだらんことを言ってると、ここから落すぞ!」
「わっ、ちょっ…待った待った!」
振り落とされまいと飛影の足にしがみつき、蔵馬はわざとらしく慌ててみせる。飛影はそんな蔵馬から顔を逸らすように頭上の桜を見上げた。
「綺麗だね。」
飛影につられて、再び飛影の膝の上で仰向けに桜を見上げた蔵馬が、今日何度目かの台詞を呟く。それは飛影に対してなのか桜に対してなのか分からなかった。枝を渡る風が降ってくる花びらを巻き上げながら、二人の間を通り抜けていく。心地よさそうに目を閉じた蔵馬の長い髪が風をはらんでなびく。
自分こそ文字通り笑えば花が綻ぶような顔をしているくせに、と飛影は思う。眩しくて、綺麗すぎて、一生触れることなどないと思っていた。
飛影は、自分の膝の上でうねる赤みを帯びた髪に、ためらいがちに手を伸ばした。その手にひとひらの白い花びらが舞い落ちた。
白い風景が脳裏に蘇る。ハッとして、飛影は自分の手を見つめた。
触れても消えることのない春の雪。掌の中の、ほんのりと赤みを帯びた小さなひとひらが、とても大切なもののように思われて、飛影はそれをゆっくりと握りしめた。
「飛影」
自分を呼ぶ声に我にかえると、再び翡翠の瞳が飛影を見上げていた。
「どうしたの?またぼんやりして。」
少し首をかしげて、蔵馬は飛影の目を覗きこむ。まるでその奥にある心の中まで見透かそうとするかのように。
まったくコイツは、遠慮の欠片もない。いつも断りもなく人の心を読みやがって…あまつさえズカズカと踏み込んでくる。
それでも…
一瞬、あの白い世界で聞こえた声が、コイツであったらいいと、思ってしまった自分が可笑しくて飛影はふっと吹き出した。
「何がおかしいんです?」
「フン。…くだらんことだ。」
飛影は桜を見上げて、春風に身を任せるように目を閉じた。
はらりはらり。
春の雪が降る。
風に舞いながら、儚く優しく、白い花は降ってくる。あとからあとから。とめどなく。
二人の上に積もっていく。
はらりはらり。
はらりはらり。
Fin.
2016/4/9UP
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NoTitle
素直に持ってくるひえのかわいらしさ!!
ホラヨ(//`д´/)ノ
寝巻きもシーツも洗わずとっておくという変態性はないのですね?
シーツヲジップロックハドウカナ?
( Φ∀Φ) (ΦωΦ )ウーン
二人でお花見もいいですねえ。
普通見上げるものですがこの二匹なら木の上から見れるわけですもんね!
寝ているひえに声をかけるシチュエーション、いいですよねえ…♥
寝顔と起きた時のびっくり顔と、むっと怒る顔が一度に見れるわけですからね。
今年は全然お花見もできないさみしい4月でしたがコマキ家の花見でチャージしました。