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SS・お話

君にこの世界を【前篇】

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願い事などくだらない。
 
生まれた瞬間に、この世界から拒否された。生きることさえ否定された。何かを願うことなど許されなかった。願ったところで、聞いてくれるやつなど、誰もいなかった。
 
自分以外の力など信じられない。
欲しいものは自分の力で手に入れる。
望んでも手に入らないものは望まない。
 
そうやって生きてきた。
だから、願い事などしない。
 
そんなことは、無意味なことだ。
 
 
*****
 
「また何も書いてないの?」
するりと飛影の手から短冊を抜きとり、蔵馬は握りしめられてシワだらけになった紙をしげしげと眺めた。
「神頼みなどくだらん。」
「神様じゃなくて、星だけどね。」
そう言いながら、蔵馬はシワを伸ばした小さな紙に器用に紐を通すと、旅館の低い手すりに括り付けた笹に、まっさらなままの短冊を結び付けた。つい先刻、蔵馬が自らの手の内で成長させた笹の枝には、もう既に何枚もの短冊がつけられ、重そうに手すりの外に首を垂れている。
「同じ事だ。あんな空の上にあるものに願って何になる。」
「夢がないなぁ・・・」
「貴様は願望がありすぎる」
飛影は、腰高窓の窓台に座り、手すりに背をもたれたまま、笹に結び付けられた短冊をチラリとみた。
 
“今年も花火を見に行けますように”
“美味しいものが沢山食べられますように”
“天の川が見られますように”
“長生きできますように”
 
それらはすべて、蔵馬が書いたものだ。
子供のような願い事の数々に飛影は顔をしかめる。
「いいじゃないですか。願うだけなら自由ですよ。」
「フン。俺は願い事などしない。」
「でも、自分ではどうしようもないこともあるでしょう?」
蔵馬は手すりに片肘をつき、空を見上げる。夕映えの過ぎた雨上がりの空は雲が多く、星は見えない。
「例えば、オレたちの未来とか。」
その言葉に、飛影は横に座る蔵馬の方を振り向いた。
蔵馬は飛影の視線には気づかないように遠くを眺めている。その視線がふいに自分に向けられて穏やかに微笑んだ
「さて、出かけましょうか。」
夜風がテラスを吹き抜けて、笹の葉がカサカサと音を立てる。蔵馬の髪がふわりと舞い上がった。
 
 
*****
 
 
薄暗い通りには、先刻まで降っていた雨のせいで、所々水たまりができている。湿気の多い鬱々とした空気の中、濡れた地面に赤い灯が映る。
カラン、コロン、カラ、コッ、カラ・・・
歩き慣れないせいで、背後から不恰好に響く下駄の音に、蔵馬は笑って振り返る。
「もうすぐですよ。飛影。」
「チッ・・・」
蔵馬に着せられた生成の浴衣の裾は、飛影が乱暴に歩くせいで、既に乱れてしまっている。
差し出された手を振り払い、いつまで歩かせるつもりだ、と小さく文句を零しなら、飛影は傍らの蔵馬を見上げる。
濃紺の浴衣を優雅に纏い、髪を緩く結い上げた美丈夫に、嬉しそうに笑いかけられて、飛影は慌てて顔を逸らす。
 
“その日は一年に一度願いが叶う日”という蔵馬の勝手な論理により、ここ数年、飛影は七夕の日は蔵馬の願いに付き合ってやっている。
 
別にあの部屋の中だけで過ごすのでも、全然構わないのだが、蔵馬はなにかと俺を外に連れ出したがる。
いつも飯だの怪我の治療だのと、世話になっている義理もある。
だから今回もこうして、蔵馬の「旅行がしたい」という、くだらん願いに付き合って、人間の振りまでしてついてきてやったのだ。
 
蔵馬に連れてこられたのは、街から外れ、だいぶ山あいに入った場所だった。
そんな場所だというのに、狭い道の脇には、宿屋か料理屋らしい店がひしめきあい、人間たちで賑わっている。道に面して掛けられた簾の向こうには、赤い提灯が見え隠れし、酒を飲んでいるらしい人間たちの陽気な話し声が聞こえてくる。
 
「着きましたよ。」
蔵馬の視線の先には、その他多くの店と同じように、表に簾を掛けた一軒の料理屋があった。簾の隙間から洩れる橙色の光が表の道にまで零れている。
蔵馬に促され、店の人間に案内されるまま、店の脇からくだる簡易な階段をおりた。
 
そこには無数にぶら下がる赤い提灯。その妖しい光を反射しながら、山肌と店の狭い隙間を縫うように、川幅の狭い川が流れている。大小様々な岩の間を流れ下るその上に広い板を渡し、舞台のようにした上で、人間たちが酒を飲み交わしていた。
 
陽気に飲み交わす人間たちを横目で見ながら、舞台の一番奥、酔っぱらいの喧騒から少し離れた席に通され、ゴザの上に二人は腰を下ろした。席の近くには小さな滝があり、時たま飛沫が勢いよく席まで飛んでくる。
 
飛影が脱ぎ散らかした下駄を揃えてやりながら、蔵馬はまだ訝しげに周りの様子を伺っている飛影に笑いかける。
「川床っていうんですよ。」
この板の下に川が流れていて、ここで食事をしながら涼をとるのだと。
蔵馬の説明を聞きながら、飛影はそっと床に手をかざす。板敷とゴザの隙間から、川風がふわりと吹き上げた。
 
 
*****
 
その後、女の給仕係が運んできた料理は、飛影が見たことがないものばかりだった。
塩を川の流れに見立てた盆の上に盛り付けられた鮎の塩焼き。大きな重箱が小さな部屋に区切られ、その部屋のひとつひとつに綺麗に納められた、一口で食べ終わってしまいそうな精緻な料理の数々。
 
これは鱧のお吸い物、これは湯葉豆腐・・・と、蔵馬が得意げに料理のうんちくを話していたが、正直なところ、川音と人間たちの話し声がうるさくて、あまり耳に入らなかった。
それでも、出された料理をぺろりと平らげてしまうと、飛影はどっかと足を投げ出した。
目をとじると、途切れることのない川の音と共に、水面を渡る夜風が飛影の頬を撫でてゆく。
 
ふいに唇に感じた柔らかな感触に、飛影は驚いて目を開ける。
すぐ目の前で、翡翠色の瞳がふわりと細められて、飛影は慌てて周りを確認する。
幸い人間たちは宴会に夢中でこちらの様子には気づいていないらしい。
「きさッ・・・!なにを・・・ッ」
「誰も見ていませんよ。」
耳元で息を吹きかけるように囁かれて、飛影は赤面して顔をしかめる。そんな飛影の様子を愉しげに眺めて蔵馬はクスリと微笑んだ。
「そろそろ、行きましょうか。」
「え?」
蔵馬の言葉に、飛影は、今度はまじまじと蔵馬の顔を見た。
これだけか?
いつもならもっとしつこくスキンシップを求めてくるのに。
ただ普通に食事をしただけで、あまりにもあっけなく席から立ち上がった蔵馬を、飛影は意外そうに見上げた。
 
まあいいか・・・
もと来た階段を通りまで登ろうとしたところで、突然横から蔵馬に袖を引かれた。
「こっちです。」
他の客に見つからないように、素早く簾の陰に入ると、そのまま川へと降りる。
蔵馬に手を引かれ、流れの中に頭を出した石を渡り、川沿いに流れを下っていく。
数十メートル下ったところで、蔵馬は歩みを止めた。
 
ここにも、先ほどと同じように、川に板が渡されている。だが、この店は廃業してしまったのか、あたりには人気はなく、提灯も下がっていない。
隣の店から漏れてくる提灯の明かりが、わずかに川面に赤い光を落としていた。
 
「少し夕涼みしてから帰りませんか。」
そう言いながら蔵馬は、飛影の返事を待たず、少し湿った板敷に腰をおろす。下駄を脱ぐと、足を流れに入れる。飛影も仕方無しにその隣に腰をおろした。
「あっそうだ。足見せて。」
蔵馬は飛影の足首を掴むと、否応なしに下駄を脱がせる。
「やっぱり。鼻緒のところ擦れてる。待って。今軟膏を・・・」
「いいっ!これぐらい大した怪我じゃない。」
飛影は蔵馬の手から乱暴に足を引き抜くと、板敷きの端に座り、蔵馬に倣って裸足を川の流れに浸した。
 
傷口にピリッと僅かな痛みが走る。けれど冷たさが染みる感覚が逆に気持ちいい。
空気はじっとりと湿っていたが、川面を渡る風は涼しく、川に覆いかぶさるように両岸に生い茂った緑が、湿気と混じりあい青臭い夏独特の匂いを醸し出す。時折、風に乗って人間たちの陽気な笑い声が聞こえてきていたが、それも暫らくすると止んだ。
あとは、虫たちのジーという低い声と、川の音だけが延々と続いていく。
 
パシャン。
 
足を僅かに跳ね上げて、川面の水を掬う。提灯の光にしぶきが赤く踊る。
暇を持て余した飛影は隣に座る蔵馬の顔を見上げた。蔵馬は目をつぶり、心地良さげに風が頬を撫でるのに任せている。
 
暫らくその横顔を眺めていた飛影だったが、段々とその顔に苛立ちが募っていく。
「おい!」
「え・・・?」
「貴様何を企んでやがる?」
急に胸倉を掴まれ、蔵馬は目を丸くする。
「さっきから思わせぶりな態度を取りやがって、一体何を隠している?」
「ごめんごめんっ!もう少しだけ待って・・・!ね!」
今にも首を絞めんばかりの飛影の手を抑えつけ、宥めるように軽くその背中を叩きながら、蔵馬はチラリと腕時計を見やる。
「ほんとにもう少しですから・・・」
「だから貴様何を・・・ッ」
 
その時、川床を照らしていた赤い照明が一斉に落とされ、辺りは一瞬で暗闇に包まれた。
 
次の瞬間、川の両脇の黒い茂みから、そして川面から、一斉に無数の小さな光の点が宙へと湧き上がった。飛び立った光の点は、右へ左へとふわふわと宙を舞う。瞬く間に二人はおびただしい数の光の点に囲まれていた。
 
その光景に飛影は思わず蔵馬を掴んでいた手を緩め、食い入るように自分たちの周りを舞う光に見入る。
 
「これを、貴方に見せたかったんです。」
 
蔵馬が静かに呟く。
飛影は、ふわふわと自分の前を漂う光へと手を伸ばした。
 
点滅を繰り返しながら飛び交うひとつひとつの光は、しっかりと見ているはずなのに、ともするとこの邪眼を持った自分でさえも見失ってしまいそうなほど淡く儚く、まるでこの世のものではないように思われた。
 
「掴まえちゃダメですよ。」
蔵馬の小さく諭すような声に飛影は動きを止める。
「それは誰かの魂だから。」
驚いて蔵馬の顔を振り返った飛影に蔵馬がニッコリと笑う。
「嘘ですよ。」
「な・・・ッ」
「そういう言い伝えです。」
 
蔵馬が腕を伸ばすと、その肩に一匹の蛍が止まる。蛍はぼんやりと点滅を繰り返していたが、暫らくすると再び、虚空へと飛び立って行った。
その光を追って、飛影は再び川面へと視線を移す。黒い川面に飛び交う虫たちの光が映り込み、川の中でも光が明滅しているように見える。
「まるで天の川みたいだね。」
そう言う蔵馬の横顔を飛影はまじまじと見つめた。蔵馬は目を輝かせて幸せそうに蛍の作った天の川を眺めている。
 
きっとコイツの見ている世界は、俺が見ている世界より何倍も美しいんだろう。
 
「お前の世界は美しいな。」
 
小さく零した飛影の言葉に、今度は蔵馬が真顔で振り向く。
「何を言っているの?オレの世界じゃない。貴方の世界でもあるんだよ。」
言われた意味が分からず、キョトンとする飛影に、蔵馬は構わず畳みかける。
「人間界も魔界も、この世界すべて貴方のものだよ。だから貴方は何をしてもいい。」
「何を言っている…?」
「飛影・・・。もう卑屈になる必要ないんだよ。貴方が何をしても誰も文句は言わないし言わせない。貴方は、もう何を願ってもいいんだよ。」
フン…。
蔵馬の言葉に、飛影は一瞬自嘲気味な笑いを浮かべたが、すぐに表情を変え、蔵馬を睨みつけた。
「お前が何をいが知らんがな、俺は願い事などしない。大体叶いもしないことを願うなどくだらん。」
蔵馬は目の端にかなしげな笑いを浮かべた。
「そんなことないですよ。今日だってもう2つ叶いましたし。」
「?」
意味が分からないというように、目線を投げかける飛影に、蔵馬は今度はにっこりと笑いかける。
 
『飛影と一緒に美味しいものが沢山食べられますように。』
『飛影と一緒に天の川が見られますように。』
 
「ほら、この二つはもう叶いましたよ。」
俺と一緒になんてどこにも書いてなかったぞ。」
「そんなこと、言うまでもないでしょう?」
 
飛影はニコニコと笑う蔵馬の顔を暫く見ていたが、そのうちにみるみる顔を赤くした。
 
その時初めて俺は気づいたのだ。

蔵馬の短冊には全て、『飛影と一緒に』という枕詞がついていたことに。
 
“『飛影と一緒に』今年も花火を見に行けますように”
“『飛影と一緒に』長生きできますように”
 
“『飛影と一緒に』ずっと幸せで暮らせますように”
 
 
 
気が付いた時には、俺は蔵馬の首にしがみつき、唇にむしゃぶりついていた。

to be continued…


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